VR(Virtual Reality)とは「仮想現実」と称される技術です。
独自のヘッドセットを着用することで、まるで目の前に現実とは異なる別世界が広がり、圧倒的な没入感を伴った体験が実現します。
多くの人がVRと聞いてイメージする用途としては、やはりゲームプレイが多いでしょう。
これまで2次元でしか体験出来なかったゲームの世界に入り込んだような体験は、まさにVRでしか味わえません。
こういったVRの没入感を活用し、現実世界の「食卓」を一変させようとする取り組みをご存知でしょうか。
「VRで食事をするってどういうこと?」と疑問に思われる方は少なくないはず。
本記事ではそんなVRの導入によって起きる、食卓へのポジティブな影響を紹介します。
目次
|VRで食卓を擬似的に共有する
「VRで食卓を共有する」と一言でいっても、その意味を理解できる人は少ないでしょう。
まずは、2016年に兵庫県南あわじ市で実施された、「あわじ国バーチャン・リアリティ」を例に出して解説します。
田舎や実家の代表として「おばあちゃん」を意味する「ばーちゃん」が、VRの「バーチャル」にかけて付けられた名称です。
食の疑似共食体験システムを銘打ったこのプロジェクトは、「ひとりでさみしい食卓を、みんなで楽しい食卓」に変えることをコンセプトにしています。
つまり、VRを活用することで目の前にまるで家族が存在するかのような環境を構築し、自宅での「孤食」を回避するのです。
現在、一人暮らし世帯の増加によって「孤食」が社会問題になりつつあります。
1人で黙々と食べる寂しい食卓をVRで解決し、日常の中での癒やしを提供するのです。
また、都会暮らしで疲弊した人たちに対して、田舎暮らしへの興味を持ってもらうことも目的の1つ。
VRで擬似的に田舎での食事風景を体験することで、実際に足を運んでみようという関心が起きることも期待しているのです。
田舎の家族と食卓を囲んでいる風景
「バーチャン・リアリティー」が提供するVRは、360度の視界に対応した紛れもない「バーチャル・リアリティー」です。
南あわじ市が実施していることもあり、この「VR」を使用した食卓に並べる料理として「あわじ料理」が推奨されています。
VRの体験にはヘッドセットではなく、スマホからの対応が可能。
「ハコスコ」と呼ばれる機器にスマホをセットし、再生すれば田舎のお婆ちゃんたちと一緒に家族で食卓を囲む風景が楽しめるのです。
現実世界では1人で食卓を囲んでいたとしても、目の前にはたくさんの人が一緒に食事を楽しんでいる風景が広がります。
1人寂しい食事から一気に温かい食卓へと変貌することで、「孤食」という問題を解決できるかもしれないのです。
VRを使用しながら食事を摂る風景は、一見すると少しシュールな見た目になるかもしれません。
しかし、1人での食事であっても目の前に鏡があるだけで、食べているものが美味しく感じられるという実験結果も出ています。
田舎の家族と食事を囲んでいる風景が目の前に擬似的に広がれば、「孤独」ではなく食事を美味しく味わえる可能性は高いといえるでしょう。
|VRでの食事の臨場感を研究
仮想空間であるVRと、現実世界での食事を組み合わせるというアイデアは、少し突拍子もない話に感じられるかもしれません。
しかし、すでにVRでの食事をスムーズに実施するための実験が行われています。
奈良選択科学技術大学院大学と東京大学による研究チームによって、VRと食事を臨場感を持って食べられる支援技術が存在しているのです。
本技術では、VRゴーグルを通した風景に対して、現実世界での食事を投影させます。
結果として、仮想空間に実際の食事が現れる形となるため、現実での食体験との境目が薄くなるのです。
従来のVR技術では、実際の食事は仮想空間に投影されませんでした。
その場合、食事環境を視覚的に確認できないため、食事自体が困難になることは想像に難くありません。
しかし、本技術ではパンを食べる場合はそのパンが目の前に現れ、一口食べた場合はその部分がなくなることも実現したのです。
手法によって味の変化があるか?
仮想空間に現実世界の食事をリアルタイムで投影することで、味の変化がどうなるのか調査したデータが存在します。
この調査では参加者12人に対し、3分間VR体験をしてもらった後、パンとチャーハンという2種類の食事を摂ってもらいました。
実際の環境に近づけるためパンは手づかみ、チャーハンはスプーンを使用して食べてもらいます。
その際、それぞれの食べ物がVRに表示されない場合と比較して、表示された場合の方がより臨場感を与えることが判明しました。
しかし、あくまで臨場感が高まったという結果に留まり、味に関しては大きな差は現れませんでした。
しかし、目の前にいま食べている食事があるか無いか、どちらがその食卓を楽しめるかは言うまでもないでしょう。
VRで実際の食卓を再現し、食事の経過を目視できる技術は非常に画期的であるといえます。
|深刻化する孤食問題
2017年に農林水産省がまとめたデータによれば、1日の中で全ての食事を1人で摂るという日が週に半分を超える人は約16%にものぼることが分かります。
この背景には都心部での一人暮らしの増加に加えて、地方の高齢者の単身世帯、少人数世帯が増加していることも指摘されています。
単身世帯の増加を受け、各地域では複数人で食卓を囲む機会をつくる活動を推進するよう働きかけています。
また、前述したデータによれば「孤食」になっている理由について、「1人で食べたくないが、食事の場所や時間が合わない」が約36%、「1人で食べたくないが、一緒に食べる人がいない」が約32%も存在しています。
つまり、基本的に誰かと食事を摂りたいという気持ちを多くの人は持っているのです。
1人ではなく、複数人で食卓を囲む効果は高く、すでにいくつかの報告例が存在しています。
厚生労働省が掲げる「健康日本21(第二次)」と呼ばれる方針においても、「共食の増加」が1つの目標になっています。
孤食はうつを発症するリスク要因であるとも考えられています。
現代日本において、「孤食問題」は無視できない社会課題として深刻化しているのです。
孤食問題を解決すると期待
多くの人が本来は誰かと食卓を囲みたいにも関わらず、仕方なく1人で食事を摂っている現状が農林水産省のデータによって浮き彫りになりました。
このような状況に対し、VRでの食事時間の共有は孤食問題を解決する1つの手段として期待されているのです。
一人暮らしであっても、スマホ1台あれば目の前に田舎の風景と家族が広がり、まるで大勢で食事を摂っている感覚を味わえます。
南あわじ市が提案した「バーチャン・リアリティー」というプロジェクトは、一見すると突拍子もない話に感じられるかもしれませんが、今後のスタンダードになる可能性は十分にあるのです。
コロナ禍の巣ごもり需要をきっかけに、パソコンを通じた「オンライン飲み」が流行したことは記憶に新しいでしょう。
オンライン飲みにしても、数年前であれば多くの人が行わなかった違和感のある食卓だったはずです。
しかし2023年現在、遠方の人たちと気軽に飲み会ができる方法として主流になりつつあります。
このように、新しい技術によって食卓は日々変化しているといえます。
VRを通じた大勢での食事が主流になる日は、そう遠くないかもしれないのです。
|まとめ
VRを活用することで、孤食問題を解決する取り組みについて解説しました。
孤食問題は現代日本が抱える課題の1つであり、高齢者においてはうつ発祥の原因にもなることが指摘されています。
また、若い世帯においても一人暮らし世帯の増加によって、食卓を誰かと囲むという機会は減少しつつあります。
そんな中、2016年に兵庫県南あわじ市が提案した「バーチャン・リアリティー」は、田舎のお婆ちゃんや家族と共に食卓を囲む風景を見ながら食事が楽しめるとして注目を集めました。
今現在では、VRを利用しながら食事を摂ることに違和感を覚える人は少なくないでしょう。
しかし、コロナ禍において「オンライン飲み」が市民権を得たように、今後の状況によっては十分主流になる可能性は否定できません。
VRという技術が日本の食卓をどう変化させていくのか、今後の動向に期待したいですね。