最近、多くの企業がVR技術を活用する動きを見せており、2021年だけでもVR関連の産業規模は前年比10%以上の成長を遂げています。
医療業界も例外ではなく、医療現場でのVRの活用は日に日に進んでいるのです。
そんな中、心的治療を目的とするセラピーにもVRが活用され始めました。
この記事では、VRがセラピーにどのように活用されているのか、具体的な事例を中心に詳しく解説しています。
スキマ時間で読み切れる内容になっているので、ぜひ最後までお読みください。
<この記事を読むとわかること>
- VRを活用したセラピーの具体的な方法とその効果
- 日本の医療が抱える現在の問題点とその背景
- VRセラピーが持つ可能性とその活用事例7選
- VR技術が今後、医療の未来をどのように変えるかの展望
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目次
|VRを利用したセラピーとは?
VRセラピーとは、仮想現実(Virtual Reality)技術を用いた治療法のことを指します。
この技術を活用することで、患者はリアルな環境を再現した仮想空間に没入することが可能となり、多くの心理的・物理的な問題に対して新たなアプローチが可能になります。
従来の医療においては、患者の実際の環境や状況を完全に制御することが難しいという課題がありました。
例えば、特定の恐怖を持つ患者を直接その状況に晒すことはリスクが伴うため、治療が制限されていたのです。
しかし、VRセラピーでは、安全かつコントロールされた環境の中で、患者がその恐怖やトラウマに安全に直面し、それを乗り越える経験をすることが可能となります。
VR技術の進化によって、リアルタイムでフィードバックを得ながら治療を進めることができ、患者の感じるストレスや恐怖を最小限に抑えつつ、効果的な治療を行うことができるようになりました。
実際の分野に目を向けると、VRセラピーは様々な場面での活用が報告されています。
うつ病や認知症の予防、自然災害や事故後のトラウマ克服、さらにはリラクゼーションや禁煙サポートなど、多岐にわたる領域での成功事例が数多く存在しており、今後も多くの応用が期待されている分野といえます。
|日本の医療が抱える問題点
日本では、2023年を迎えても少子高齢化に歯止めが効かない現状が続いています。
打開策がなかなか見つからないまま時が過ぎていますが、医療分野においても問題点が浮き彫りになってきています。
ここでは、本題へと入る前にまず、日本の医療が抱える問題について整理しておきましょう。
①高齢者の増加
日本の人口動態において、高齢者の増加は年を経るごとに深刻化しています。
2020年9月15日の時点での推計によれば、総人口は前年に比べ29万人減少していますが、65歳以上の高齢者人口は3617万人と30万人増加しており、過去最多を記録しています。
この数値は総人口に占める割合で見ると28.7%と、前年の28.4%から0.3ポイントも上昇しており、これも過去最高の数値となっています。
このような高齢者の増加は、医療現場においても大きな影響を及ぼしています。
高齢者特有の疾患の増加や、長期的なケアが必要となるケースが増える中、医療提供体制の見直しや新たな取り組みが求められています。
このような背景から、医療の現場では日々の業務に対する課題や、今後の医療体制の在り方についての議論が進められているのです。
②都市部と地方部の医療格差
日本の医療におけるもう一つの顕著な問題点として、都市部と地方部の間の医療格差が挙げられます。
近年、医療の進歩や専門的な治療手法が発展する中、大都市や都市部の大病院では最新の医療機器や高度な医療技術を取り入れた治療が日常的に行われています。
一方で、地方部や過疎地では、医師や看護師の不足、医療機器の更新が遅れるなど、医療サービスの質に大きな格差が生じているのです。
例えば、先進医療に関するデータを見ると、都市部に住む患者は特定の治療を受けるための移動時間や距離が短いのに対し、地方部に住む患者は数時間の移動を余儀なくされる場合が少なくありません。
これは、地方部の医療機関が特定の先進医療を提供できない、あるいは限られた資源しか持たないための現状です。
さらに、地方部の医療機関は、人口の高齢化が進む中で高齢者の患者が増加し、慢性的な疾患の治療や継続的なケアの需要が高まっています。
しかし、必要な人材や設備、予算が不足しているため、十分な医療サービスを提供することが難しい状況となっています。
このような都市部と地方部の医療格差は、患者の生活の質や治療の結果にも影響を及ぼす可能性があり、公平な医療サービスの提供が求められています。
③医療従事者の人材不足
医療従事者、特に医師や看護師の人材不足は、日本の医療制度の中で深刻化している問題点の一つです。
厚生労働省が発表している一般職業紹介状況(職業安定業務統計)を見ると、この現状の深刻さが数値として明確に浮き彫りとなります。
有効求人倍率とは、求人数を求職者数で割った値で、1より大きければ「人手不足」、1より小さければ「人余り」と判断可能です。
看護師の有効求人倍率を見ると、近年、常に2倍以上という高い数値を記録しています。
具体的には、2020年2月は2.42、2021年は2.15、そして2022年は2.20となっています。
これは、他の職種と比較しても特に看護師の人材確保が難しいことを示しており、医療現場でのニーズに対して供給が追いついていない状態が続いているのです。
このような医療従事者の人材不足は、患者の医療ニーズに応える能力や質を低下させるリスクを孕んでいるといえるでしょう。
④パンデミック以降に精神疾患の数が増加している
新型コロナウィルスによるパンデミックの影響は、身体的健康だけでなく、人々の精神的健康にも大きな影響を与えています。
外出の制限、仕事や学業の形態の変更、さらには人々の間のコミュニケーションの方法が大きく変わったことで、多くの人々が孤独や不安、ストレスを感じるようになりました。
これらの変化は、日常生活の中での対人関係の乏しさや、経済的な不安を増大させ、精神的な負担を加重しています。
事実として、日本の精神保健福祉の関連機関や専門家から、パンデミック以降、うつ病や不安障害などの精神疾患の診断が増えているという報告が相次いでいます。
特に若い世代や、経済的困難に直面している層において、その影響が顕著に表れているようです。
このような背景の中で、日本の医療制度は精神疾患に対する診療体制の強化や、予防策の推進が求められています。
|VRをセラピーに利用することで効果のある症状
このように、日本の医療現場は現在非常に厳しい状況に置かれています。
しかし、このような現状を打破するために、VRをセラピーに活用して日本の医療の課題を克服する試みも増えてきました。
では、VRをセラピーに活用することで、どのような症状に効果が見込まれるのでしょうか。
ここでは、いくつかの症例をピックアップしてご紹介します。
①心的外傷後ストレス障害(PTSD)
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、極度のトラウマ体験後に発症する精神的障害の一つです。
戦争や災害、暴力事件などの衝撃的な出来事を経験した後に、その出来事のフラッシュバックや悪夢、過度な警戒心などの症状が現れることが特徴として挙げられます。
PTSDの症状は持続し、日常生活における機能の低下や関係の困難、さらにはうつ症状や自殺願望につながることも少なくありません。
このようなPTSDに対して、VRセラピーは非常に有効な治療手段として注目されています。
VRセラピーは、トラウマ体験を安全な環境で再現し、その体験を追体験(曝露療法)することで、トラウマの記憶との向き合い方を変える助けとなります。
さらに、VRセラピーは従来の治療方法とは異なり、繰り返し同じ環境に浸ることが可能であり、治療のペースを患者自身が調整することができるのも大きな特長です。
これにより、トラウマの記憶と安全かつ効果的に向き合うことができるようになり、症状の改善や回復を促進することが期待されています。
②認知障害
認知障害とは、思考、記憶、注意、認知機能全般に関連する障害の総称を指します。
主に、記憶の喪失、注意の散漫、言語能力の低下、空間認識の困難など、日常生活の中でのさまざまな認知タスクの遂行に困難を生じることが特徴です。アルツハイマー病などの認知症もこのカテゴリーに含まれます。
VRセラピーの活用が、認知障害の治療において期待されるポイントはいくつかあります。
まず、VRはリアルな仮想環境を提供することができるため、患者が日常生活の中で直面するシチュエーションを模倣し、それに基づく認知的なタスクを行わせることが可能です。
例えば、仮想のスーパーマーケットでの買い物や家の中での課題実施など、リアルな環境を模した中での認知トレーニングが行えます。
他にも、VRセラピーは、患者の認知能力や進行状況を正確にトラッキングし、個別の症例に合わせたカスタマイズが可能です。
これにより、効果的なリハビリテーションプログラムの提供が期待されるとともに、進行状況のモニタリングにより、治療の方針変更や改善がリアルタイムで行えるという利点も持っています。
③自閉症スペクトラム障害
自閉症スペクトラム障害は、社会的コミュニケーションの困難や特定の興味や行動の繰り返しを中心とした発達障害の一つです。
一人一人の症状や重症度が異なるため「スペクトラム」と称されます。
人との対人関係や非言語的コミュニケーション、ルーチンの変更への適応が難しく、特定のテーマや物への強い関心を持つことが多いのが特徴です。
近年、VRセラピーが自閉症スペクトラム障害の治療において注目されています。
VRの仮想環境は、自閉症の方々にとって安全でコントロールされた空間を提供し、社会的スキルやコミュニケーション能力のトレーニングに役立てられます。
実際の社会的状況を模倣したVRのシチュエーションを用いることで、社会的なスキルを繰り返し練習することができ、実生活における対人関係の改善が期待できます。
また、VRは視覚や聴覚などの感覚を刺激し、自閉症の方々が感覚過敏や過少などの問題を持つ場合、これらの感覚を調節しながら練習することも可能です。
これにより、VRセラピーは自閉症スペクトラム障害の方々にとって、日常生活における社会的なスキルやコミュニケーション能力の向上、そしてより豊かな人間関係を築く一助となることでしょう。
|VRをセラピーに活用した事例7選
VR技術はゲームなどのエンターテインメント領域での活用が目立っていますが、活用法はそれだけに止まりません。
ここでは、より具体的に理解できるように、VRをセラピーに活用した事例を7つ厳選してご紹介します。
事例①うつ病・認知症予防の研究|国立精神・神経医療研究センター
うつ病は世界中で多くの人々を苦しめており、世界保健機関によると、人類に疾病負荷を与える疾患の第一位に位置づけられています。
特に日本では、精神疾患の患者数は約420万人と非常に多く、うつ病の患者数は127万人にも上ります。
このような背景の中、国立精神・神経医療研究センターではVR技術の活用を通じて、新しい治療のアプローチを模索しています。
従来の認知行動療法は、セラピストとともに患者の思考や行動パターンを改善するものであり、うつ病の治療において非常に有効です。
しかし、すべての患者にこの療法を提供することは難しく、新たな治療方法の導入が求められています。
このため、産学連携の試みとして、VR技術を認知行動療法に取り入れる研究が進められています。
この新しいアプローチでは、従来の恐怖症や不安症に対するヴァーチャル体験に留まらず、ポジティブ感情を引き起こすVRコンテンツの導入が試みられています。
具体的には、抑うつ状態の患者がポジティブな感情に焦点を当てた認知行動療法を受けつつ、ポジティブ感情を刺激するVRコンテンツを体験することで、意欲の喪失や気分の低下を改善する効果が期待されています。
事例②自然災害のトラウマ克服|米ミズーリ州
2011年5月、ミズーリ州ジョプリンに猛威を振るったトルネード。その猛威はF5の規模を誇り、街は壊滅的な被害を受け、158人もの命が失われました。
この大災害から数年が経過した今でも、被害に遭った多くの人々がPTSDや鬱に苦しむ日々を送っています。空の変わりゆく様子を見るだけで、心が震えるのです。
このような自然災害のトラウマを持つ人々の支援を目的として、ミズーリ州ジョプリンのOzark CenterではVR技術をセラピーシステムとして導入しました。
このVRセラピーでは、被害者がトラウマをヴァーチャル空間の中で追体験することが可能です。
リアルなグラフィックよりも、心とそのヴァーチャル空間とのつながりを重視しており、多くの患者がこのセラピーによって自らのトラウマと向き合う力を見いだしています。
最近の研究でも、VRセラピーが非常に有効であることが示されています。
2018年にBehavioural and Cognitive Psychotherapyに掲載された研究によれば、台風のトラウマを持つ36人の被験者が、VRセラピーを体験した結果、恐怖スコアが大幅に低下したとのことです。
この研究結果を裏付けるように、Ozark Centerでも多くの患者がVRセラピーによって自らのトラウマを克服してきました。
このように、VR技術はトラウマを持つ被災者の心の傷を癒す新しい方法として注目されています。
事例③学会でも注目「VRリラクゼーション」|株式会社Flowverse
株式会社Flowverseが展開する「VRリラクゼーション」は、学会でもその有効性が取り上げられるなど、特に目を引く事例です。
このVR心理療法は、VR空間での絶景体験と、伝統的な心理療法であるヒプノセラピーの組み合わせによって、不安やうつ症状の改善を目指しています。
具体的には、患者はVR空間でニュージーランドのデカポ湖などの絶景を体験し、その中で心の平安を感じながらヒプノセラピーを受けることができます。
最近の研究では、10人のクライアントが「VRリラクゼーション」を体験した結果、不安やうつ症状の心理検査数値に明確な改善が確認されました。
これは、VR技術とヒプノセラピーの組み合わせが、心理的な問題に対する新しいアプローチとして非常に有効であることを示唆しています。
「セラピーを民主化する」というコンセプトの下、月額500円でこのサービスを利用することができ、VR端末「Meta Quest 2」があれば、どこでも体験することが可能です。
事例④VRで禁煙をサポート「MindCotine」
米国の「MindCotine社」は、VR技術を駆使して禁煙サポートを行っています。
このプログラムは、VR技術を駆使して喫煙者の意識と行動を変容させることが目的です。
利用者は特定のVRヘッドマウントディスプレイ (HMD) を着用し、リアルな環境をシミュレートすることで、タバコの欲求をコントロールしやすくなるシーンや状況を体験します。
特に、ストレスや不安、焦りなどの感情が喫煙へとつながる瞬間を模倣するシーンを再現し、その瞬間を克服する方法を学ぶことが可能です。
このVRセラピープログラムに参加した喫煙者の中で、3〜4週間の治療期間後に1.8回の喫煙回数へと大きく減少したとのデータや、この治療を受けた参加者の約45%が禁煙を継続しているとの結果も出ています。
このように、MindCotineはVR技術を活用して、禁煙をサポートする革新的な方法として注目を浴びています。
事例⑤ADHDの症状を緩和「XRHealth」
ニューヨーク・ブルックリンに拠点を持つ企業XRHealthは、近年のVRセラピーの革新を牽引する存在として知られています。
2020年9月には、注意欠如・多動症(ADHD)の症状を緩和することを目的とした特別なVRアプリケーションを発表しました。
このアプリケーションは、ゲームのようなトレーニングやリアルな状況をシミュレートする体験を通じて、参加者の注意力や衝動性の制御、そしてより高度な思考能力を向上させることをサポートします。
さらに、XRHealthは新型コロナウイルス感染症の影響を受けた人々のためのリハビリプログラムも展開中です。
最新の調査で、新型コロナウイルスからの回復者の中で、約3人に1人が神経学的や心理的な後遺症を経験するとのデータがあります。
この深刻な問題に対処するため、XRHealthは記憶力の低下、運動協調能力の問題、疼痛管理、呼吸困難、ストレス、そして不安といった多岐にわたる症状の治療をVRを活用して提供しています。
これらの取り組みを通じて、XRHealthはVR技術の医療分野での可能性を広げ、多くの患者たちに新たな希望をもたらしているのです。
事例⑥250以上の導入実績「JOLLYGOOD+」|ジョリーグッド
「JOLLYGOOD+」は、ジョリーグッドが展開する医療・福祉分野に特化したVRサービスです。
このサービスは、医療現場のニーズを的確に捉え、実際の臨床やケア現場での研修やサポートに適したコンテンツを提供しています。
特に、障害者や患者の社会復帰支援、コミュニケーション能力の向上、そしてメンタルヘルスのケアなど、多岐にわたるニーズに対応するVRコンテンツを有しています。
JOLLYGOOD+が提供するコンテンツの一例として、患者がリハビリテーション中に体験する日常の課題や困難をシミュレーションすることができるVR体験があります。
JOLLYGOOD+を活用することで治療者は、患者が実際に感じる困難や不安を理解し、より適切なサポートを行うことができます。
また、患者自身も自らの課題に取り組む意欲を高める効果も確認されているとのことです。
総じて、「JOLLYGOOD+」は、医療・福祉の現場における新しいトレーニング手法として、また患者の治療やサポートの一環として、多くの施設や専門家に導入されている実績を持つサービスといえるでしょう。
事例⑦グッドデザイン賞を受賞「幻肢痛VR遠隔セラピーシステム」|株式会社電通
最先端のVR技術が医療分野にも浸透してきており、その一例として注目されるのが、株式会社電通国際情報サービスと株式会社KIDSが共同で開発した「幻肢痛VR遠隔セラピーシステム」です。
このシステムは、2021年度にグッドデザイン賞を受賞するなど、その革新性が業界から高く評価されています。
「幻肢痛VR遠隔セラピーシステム」の最大の特徴は、VR技術を活用して、地理的な障壁を超えて幻肢痛患者とセラピストがリアルタイムでセラピーを行うことができる点にあります。
これにより、セラピストと患者が物理的に同じ場所にいる必要がなく、特にセラピストの少ない地域の患者でも、質の高いセラピーを受けることが可能となりました。
また、このシステムでは、患者同士がVR空間で互いにコミュニケーションをとることもでき、新しい形の患者間のネットワークを形成することが期待されています。
このような取り組みは、技術だけでなく、人々のつながりやサポートの重要性を改めて認識させるものであり、今後の医療分野におけるVR技術のさらなる発展と活用が見込めるでしょう。
|まとめ:VRセラピーは日本医療の特効薬となるか
この記事を通して、私たちはVR技術が医療現場でどのように活用されているのか、そしてそれがどれほどの効果を持つのかを解説してきました。
VRをセラピーに利用する動きは、現代医療の新しい風ともいえるでしょう。その効果は症状や疾患によって異なりますが、多くの症例で明確な効果を示しています。
しかし、一方で、この技術が全ての医療現場や疾患に適用可能であるとは言い切れません。今後は、さらなる研究と実績の蓄積が必要となるでしょう。
この革命的な技術が、日本の医療の未来をどのように変えていくのか、その展開が楽しみです。
最後に、この記事をVRセラピーの可能性を広げるための一助として、また、健康や医療の未来を考えるヒントとして役立てていただければ幸いです。
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