2020年初頭より世界中で流行した新型コロナウイルス。
2023年11月現在、日本国内では感染症法上の位置づけにて5類への移行が決定されたに伴い、人々の動きも活発化してきました。
世界各国からの旅行客も増加し始め、ようやくこれまでの日常が戻りつつあるといえるでしょう。
こうした感染症に対抗し、人々の命を守るために医療技術は発展してきましたが、今回の新型コロナにおいてはmRNAワクチンの実現が大きな成果をあげました。
本年度のノーベル生理学・医学賞には新型コロナウイルスに対するワクチン開発に携わった、アメリカペンシルベニア大学のカタリン・カリコ非常勤教授と同大のドリュー・ワイスマン教授に決まるなど、医学会においても大きな影響を与えています。
こういった未知のウイルス、感染症に対する薬の開発を「創薬」と呼び、これまで数々の新薬が生み出されてきました。
そんな人類の存続に繋がるといっても過言ではない創薬研究において、最新技術のXRが幅広く活用されていることをご存知でしょうか。
本記事では、創薬研究の現場におけるXR活用の事例からメリット、そして今後の展望について解説します。
ぜひ最後までご覧ください。
目次
|創薬研究におけるXR活用は?
XRとは「Extended Reality/Cross Reality」の略称であり、実際の世界と仮想現実などを融合させ、新しい体験を生み出す技術を指す言葉です。
現在、メタバース分野などで活用されている「VR(Virtual Reality)」や、拡張現実と呼ばれる「AR(Augmented Reality)」、そしてそれらを組み合わせた複合現実「AR(Mixed Reality)」などもXRに含まれます。
つまり、XRは現在研究が活発に進められ、世の中に浸透しつつある新技術の総称となるのです。
では、目に見えない小さなウイルスを相手に効果的な薬を生み出す「創薬」とXRには、どういった関係があるのでしょうか。
それぞれ確認していきましょう。
視覚的な創薬が実現する
1950年頃、創薬に携わる学者達は目に見えない分子の構造を立体的に把握するため、木製の分子模型を作成していました。
小さすぎる分子の構造を理解しやすくするためにこの模型は効果的であり、数々の新薬を生み出す支えになったことでしょう。
その後、技術の進歩によって分子構造の模型は木製からコンピュターへ移行。
「CG(Computer Graphics)」を活用しはじめたことで、木製の立体模型では把握しきれなかった細部まで確認できるようになり、情報量も増加しました。
しかしながら、コンピュータ上の画面という2次元に模型が移ってしまったことにより、立体性は失われてしまったのです。
そして時代は進み、2016年に仮想現実を表現できるVRが登場。
研究者はさっそく創薬に活かすべくVRの導入を進めましたが、当時は研究を手助けするためのソフトウェアは存在しませんでした。
そこで、創薬に携わる学者とIT技術者が協力し、タンパク質の構造情報を仮想空間上で表現できるソフトを開発。
VRヘッドセットを使うだけで、目に見えない分子構造の中へ擬似的に入り、歩き回ることが可能になったのです。
VR技術の活用は、過去の木製模型とCGの融合であるともいえるでしょう。
研究者たちは「VRの使用は革命的だった」とも述べており、これまでにない視覚的な創薬が実現したと喜びをみせています。
これまで創造に頼らざるを得なかった細部まで詳細に確認できるようになったことで、よりスムーズかつ確実な創薬が実現したのです。
VR創薬を手がけるスタートアップ企業も
XR技術の中でも、特にVRを活用した創薬研究は著しく成長しています。
アメリカのスタートアップ企業である「Nanome社」は、タンパク質や分子の立体構造をVR空間に表示し、自由に操作できる支援ツールを開発しています。
化学構造式を立体的に体験できることは、VR技術がなければ不可能です。
まるで自身がミクロの世界に移動し、目の前に原子や分子、タンパク質が存在するかのように触りながら研究できることは画期的という以外ありません。
もちろん、複数名でVR空間を共有することも可能なため、研究者の間で議論を交わしながら問題解決に向かえるでしょう。
VR空間に表示された各構造は実際に手でつかみ、回転させたり大小の変化を与えたりできます。
原子間の距離や角度を直感的に図ることも実現したのです。
「Nanome社」が提供するこの技術は、世界の大手製薬企業のトップ20社の内、半数が採用するなど高い評価を得ています。
今後VR空間において発見された研究結果が、実際の薬として世界中の人々を救う日も近いでしょう。
|創薬研究におけるXR活用のメリット
創薬研究においてXRを活用するメリットは多数存在しています。
こちらでは、主に以下の内容についてそれぞれ解説していきます。
- 人的コスト、エラーの削減
- 育成、管理をスムーズに
人的コスト、エラーの削減
現実世界において研究を進める場合、万が一のミスが発生した時に再度同じ条件を繰り返すためには時間がかかってしまいます。
また、目に見えない分子レベルを取り扱うことから、接触による感染リスクといった問題も無視できないでしょう。
しかし、VR空間であれば何度でも同じ作業を繰り返せる上、作業ミスによる危険な事故も事前に回避できます。
さらに、指導者がいない場合でもVR空間にて反復学習が可能。
そのため、人材育成コストの削減につながるだけではなく、クリーンルームといった環境、設備、薬品といった資材の用意も必要なくなるのです。
育成、管理をスムーズに
分子レベルの目に見えない存在を取り扱うことから、テキストやイラストではどうしても伝わりにくい技術が存在します。
しかし、VRを利用することで細かい部分のコツを実際に全身を使って覚えられるのです。
また、僅かな接触でも発生してしまうコンタミネーション(不純物の混入)なども、センサーを活用することで確実にチェックできます。
定められた事項によって間違いのない監視が実現するため、属人性を排除した画一的な指導が簡単に実現。
学習状況の進捗も容易ですので、技術者の育成から管理がスムーズに進められるのです。
|そもそも創薬研究ってどんな仕事?
体調不良になった場合は病院へ行き、医師の診断結果から薬を処方してもらうはずです。
そうした時口にする薬ですが、どこでどうやって創られているのかはあまり知られていないでしょう。
薬が一般的に普及するまでには、効果があると考えられる物質の探索、創出に始まり、臨床実験による効果検証から安全性確保までを行う必要があります。
そして、創薬後の品質チェックから各国の審査、承認と膨大な工程を必要とするのです。
そのため、実際に薬が世に出るまでの期間は10年〜15年が必要といわれます。
さらに、新たな物質が薬として認められる数は2万個に1個ともいわれるなど、非常に厳しい世界。
創薬研究者はそうした環境の中、昼夜研究を続け世界中の人々の命を救う新薬を生み出しているのです。
AIによる創薬も進められている
人の手による試行錯誤から生み出されてきた新薬ですが、現在はAIによる創薬も進められています。
AIが得意とする膨大な情報処理、データ分析、それらの結果を推察する能力を活用することで、開発機関の短縮からコスト削減を目指しているのです。
本来、創薬分野では分子構造のパターンを分析し、ケースリポートを自動登録する作業にAIが使用されてきました。
しかし近年のAI技術向上によって、より幅広い工程においても使用されるようになったのです。
すでにAIによる創薬は実用段階に来ており、成果をあげる企業も現れはじめるなど今後も注目すべき分野といえるでしょう。
|まとめ
創薬研究におけるXR活用の事例、メリット、そして今後の展望について解説しました。
世界中の人々の体調を維持するだけではなく、未知のウイルスから命を守る創薬研究は今後も無くてはならない分野です。
XRを始めとした新技術の発達が、目に見えない分野にも影響を及ぼしていることは感慨深く感じられます。
今後XRを通じた大発見、新薬の開発に繋がる可能性は十分にあります。
今後の動向に注目しながら、創薬分野におけるXRの活躍に期待しましょう。