近年、VR(バーチャルリアリティ)技術が急速に普及し、様々な分野で活用されています。
その中でも、障がい者支援においては、特に大きな効果を発揮しています。
VRを活用することで、身体的な障がいを持つ人や発達障がいを持つ人でも、現実の制約を超えた新たな体験や学習が可能になります。
VRは障がい者支援において、大きな可能性を秘めています。
今回は、なぜVRが障がい者支援に最適なのか、その理由と課題、具体的な事例をあげて解説していきます。
目次
|VRが障がい者支援に最適である理由
障がい者支援とは、障がいのある人々がより良い生活を送るために、必要な支援を行うことをいいます。
支援する内容として、障がい者本人が学校や就労に必要とされる能力やスキルを習得すること、さらに支援者が障がいに対する理解を深める学習支援などがあります。
以下に、VRを活用した障がい者支援の具体的な例をいくつか挙げてみます。
失敗してもよい環境で訓練できる
現実世界と同様の体験ができるVRは、発達障がい者のSSTに活用されています。
SSTとは、人とのコミュニケーションなどを訓練するプログラムです。
支援員が職場の上司役、部下役や学校のクラスメイトなどの役割を演じ、障がい者はロールプレイング形式で、場面に応じたコミュニケーション方法を学びます。
しかし、職場や学校など実際の場所を再現するのは費用やスペースの観点からむずかしいですし、ロールプレイングの相手役がいつもの支援員であるためリアリティが不足する面もあります。
VRの場合、映像で職場や学校にいる疑似体験ができ、映像に登場するのは学校であれば子役だったり職場であればスーツ姿であったりと、シミュレーションではなく実際の場にいる感覚になります。
さらに体験しているのは録画された映像ですから何度も繰り返しても相手は疲れた顔ひとつすることはありません。
失敗しても障がい者は支援員を気遣う必要もないのです。
リハビリにも役立つ
VRをリハビリツールとして活用することで、患者のリハビリに関する多くのメリットが得られます。
不安症の中でも恐怖症の改善には、不安症の方が恐怖を感じる映像の場面を体験してもらい、でも実はそんなに怖い場面ではないんだと学んでもらうことで、不安を軽減できるようになります。
また、VRを身体障がいのある方の脳トレーニングに使用したところ、体験者は失っていた身体の部分の感覚を取り戻すことができ、回復不可能だといわれていた機能が回復した例もあります。
さらにリハビリVRは編集可能なプログラムであることから、リハビリが楽しくなる要素をあとから追加することができ、継続的にリハビリに取り組めるというメリットもあります。
つらいリハビリにVRを活用し、ゲーム要素などを追加することで、リハビリを行う人が無理なく楽しめるようになり、継続しやすくなるという効果もあります。
健常者に「障がい」を体験させることも可能
発達障がいの一種である自閉症の人々には、どのような世界が見えているのかを「VR体験プログラム」を利用して体験者が理解を深めることができます。
VRでは、ADHD(注意欠如多動症)の子どもが外の音が気になって先生の話が耳に入らず、音の鳴る方へ向かってしまう状況や、コミュニケーションが苦手な自閉スペクトラム症の子どもが、複数の友達の声が重なって聞こえてしまい会話に苦労する場面などが、教室の風景とともにVRの空間に再現されます。
これまで文字情報や講演から解釈するしかなかった障がい者のつらさを疑似体験することができるため、体験者は、「困難な状況にあることがよくわかった」「どう接したらいいか考えるきっかけになった」などの感想が多く出ました。
|ただし、課題も多い
VRは障がい者支援に最適な理由を解説してきましたが、課題もあります。
実際の導入に際して、障害となり得ることを事前に知っておくことで、それらへの対策を立てることも容易です。
解決法も合わせてご紹介しますので、参考にしてください。
初期コストがかかる
VRを導入するためにはヘッドマウントディスプレイやゴーグルなどの機材を揃える費用が必要です。
また、映像を撮影するためのVRカメラなどの機材も必要となりますし、編集するためのパソコンやアプリも必要です。
制作会社に映像コンテンツを作成依頼する場合も費用はかかるでしょう。
どれだけの数の機材やコンテンツが必要となるかは状況次第ですが、数十万程度は見ておく必要があるでしょう。
一見すると高いコストがかかっているように見えますが、初期費用以外には維持費などは、ほとんど必要がないので長い目でみるとコストはそこまで高くはないといえるでしょう。
VR酔いの懸念がある
VR酔いとは、VRゴーグルを装着した状態でVR映像を見たときなどに、めまいや吐き気、不快感などの症状が起こる状態を指します。
人は、自分の体の位置や動きを3つの器官(①目からの視覚②内耳で感じる加速・揺れ③立ったり座ったりなど筋肉の動き)の情報から感知していますが、VR映像では、目(視覚)からは揺れや加速、傾きなどの情報が脳に送られてくるのに、耳(内耳)や体の動きからは情報が送られてこない状態になるため、今までの経験に当てはまらない加速や揺れの情報として脳が判断してしまいます。
これが「VR酔い」の原因と考えられています。
対策としては、体験者の瞳孔間距離を確認してVRゴーグルを調整すること、キョロキョロ頭を激しく動かさない、体調の悪いときはVR体験をしない、最初から長時間の体験をせず徐々に慣れる、酔い止めを飲む、などがあります。
|VRを障がい者支援に活用した事例
ここまで、VRを障がい者支援に活用する理由と課題について解説してきました。
ここからは実際に障がい者支援に活用した事例を教育支援、就労支援、障がい体験の3つについて紹介します。
教育支援
三重県立子ども心身発達医療センターに併設されている、かがやき特別支援学校あすなろ分校には、センターの児童精神科に入院している小・中学生がいます。
彼らの多くが、地域の学校での適応が困難なため、発達障害の子どもたちに多角的な支援を提供しています。
VRを活用したトレーニング支援プログラムでは当初、子どもたちが混乱しないか不安もあったようですが、実際に使用してみると、普段は難しかった受け答えや自己紹介ができるようになったり、積極的にロールプレイを楽しめるようになったりしていきました。
こうしたトレーニングなどを通して子どもたちは徐々に変化し、地域の学校をトライアル的に体験できるようになり、退院後は地域の学校でうまく人と関係性を築けるか、VRによるトレーニング効果に期待が高まっています。
就労支援
VRによる訓練を導入したのは、精神障害者5人、知的障害者1人が通う就労移行支援施設「夢工房翔裕園」です。
施設ではこれまで、職員との面接や日常的な雑談を通じて、適切な言葉の選び方や相手の意図をどうくみ取るかを訓練してきました。
ところがコロナウイルス感染拡大に伴って職員と通所者の雑談の機会も、企業による実習や職場見学会も少なくなってしまいました。
そこで導入したのは、ジョリーグッド(東京都)のソフトウエア「ジョリーグッドプラス」です。職場での質問の仕方など約300パターンの訓練に臨むことができます。
選んだ選択肢によって仮想現実内の状況が変化していくため、実際のコミュニケーションに近い体験ができます。
施設長も「VRでの経験を積み重ねることで社会で過ごしやすくなる」と期待しています。
障がい体験
NTTラーニングシステムズは一般社団法人 日本発達障害ネットワーク監修のもと、発達障がいを持つ当事者の視点を再現したプログラムのVR映像を作成しました。
発達障がい者を支援するには、「発達障がいは生まれながらの可能性や特性のあり方の一つ」として、その特徴を正しく理解するとこが必要です。
発達障がい者のみが感じる感覚や視点などをVRによりリアルな日常を舞台としたドラマ形式、映像表現で再現し、当事者体験を疑似体験します。
これにより、発達障がい者への思い込みや偏見を正しい理解に変え、合理的な配慮や支援の仕方を学ぶことができます。
学んだ内容により、学校で困っている障がい者を適切にフォローできたり、職場では障がい内容に応じた適材適所が可能となります。
|まとめ
いかがでしたか?
本記事では、VRの活用が障がい者支援に最適であることを、理由や活用事例を交えて紹介しました。
VRを障がい者支援に取り入れることで、障がい者は生きるためのスキルを高めることができ、健常者は障がい体験を共有し、健常者と障がい者の理解が深まって、共に生きやすい社会をつくることができそうです。
機器の導入費用やコンテンツ作成など課題もありますが、教育現場や企業などでVRを活用いただくための参考になれば幸いです。