デジタル技術を活用して教育の変革を目指す「教育DX」がいよいよ本格始動し始めています。
教育DXが進めば、場所を問わずに適切な教育が行き渡り、児童や生徒のITリテラシーの向上、能力に応じた個別指導も可能になります。教員の負担を軽減できる点も魅力です。
ただし教育DXには解決すべき課題もあるので、その点をクリアーすることも不可欠です。
本記事では、教育DXの必要性やメリット、事例や課題について解説します。
|DXとは
DXとは、「デジタルトランスフォーメーション」の略です。
デジタルやデータを活用し、企業が業務プロセスやシステム、ビジネスモデル、顧客体験等を新たに創造して、企業風土や文化を変革することで競争優位に立つことがDXの目的です。
単にデジタル機器を導入するという趣旨ではありません。
利便性や持続可能性、新商品開発、ワークライフバランス等において従来になかった高次元のパフォーマンスを実現するところにDXの意義があります。
AIやIoT、ブロックチェーン等の台頭によって表面的なデジタル化では世界で通用しない状況が高まり、あらゆる業界でDXなくして生き残りは不可能という見方が常識化しているといってよいでしょう。
|教育DXとは
教育の世界でも上記の趣旨にそったDXを行おうというのが、「教育DX」です。
すでに全ての小中学校で1人につき1台のパソコンやタブレットが支給されました。
それらを授業、リモートによる学習参加、習熟度のデータ管理と学習対策、提出物や保護者と学校とのコミュニケーション等に活用することで、学習効果の向上や生徒と保護者の安心、教員の業務負担の軽減等が実現すると期待されています。
加えて、2024年度にはデジタル教科書の本格導入を予定。教科書や補助教材を持たずともデバイス1台で全教科書にアクセスでき、書き込みや画面の拡大、参考資料の動画による閲覧などが可能となるため、学習効率が大幅に向上すると目されています。
教育DXと「教育のデジタル化」との違い
教育DXと「教育のデジタル化」とは意味や趣旨が異なります。
教育のデジタル化は、教育現場においてパソコンやタブレット、インターネットといったITツールを導入することを意味します。
つまり教育DXの入り口と考えるとわかりやすいでしょう。
教育DXは、そこからさらに教育内容の変革、将来に向けたIT人材育成といったテーマに踏み込んでいきます。
その意味で教育DXの範囲は広く、大幅な多様性を含むといえるでしょう。
文部科学省も教育DXを推進
教育DXを中心になって推進しているのは、文部科学省です。
国が主体となってこそ、すべての児童や生徒にICT機器を与え、全学校にネット環境を整備することが可能となったのです。
そして文部科学省の本当の目的の一つとして、単なるデジタル化ではなく国内の深刻なIT人材不足を将来的に解消することが挙げられます。
日本の教室におけるデジタル機器使用時間はOECD平均を下回っており、今のままでは2030年には国内のIT人材が70万人不足するという試算があるからです。
文科省はこの状況を克服し、社会を牽引するIT人材を育成するためにも高校卒業者全員の「数理・データサイエンス・AI」の基礎知識習得を目標に掲げています。
|なぜ教育DXは必要か
教育DXがなぜ必要か、その理由について掘り下げていきましょう。
具体的には大きく2つあります。
一つは、生徒や国の将来という大きな枠組みによるもの。
もう一つは、予想もしなかった緊急事態に対応するためです。
オンライン授業の需要が高まったため
2020年初頭、世界が予想すらしなかった新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われると、学校では緊急事態宣言によって登校できない期間が長期化し、登校できても授業時間は大幅に制限されました。
そこで学校現場でも企業の様にオンライン授業での対応が余儀なくされます。
これにより、期せずして全生徒にICT機器を1台ずつ与え、高速ネットワークを整備するという「GIGAスクール構想」が予定より前倒しで実現したのです。
ITリテラシーを身につけさせるため
とくに2010年台以降、世界中でデジタルシフトが急速に進みました。
AIやIoT、ブロックチェーン、メタバースなど次世代型のデジタル技術が続々と登場し、とりわけAIについては自動運転や生成AIの利用についてのルール作りなど、行政や法律、社会的コンセンサスの形成を待たずに技術が進歩しています。
この状況は今後も加速すると予想され、ITリテラシーがなければ将来の活躍や生活が困難になる恐れが多分にあります。
|教育DXのメリット
教育DXのメリットはどのような点にあるのでしょうか。
それは一面的なものではなく、複数の側面から考えることができます。
具体的には、
- 教師側のメリット
- 生徒側のメリット
- 保護者側のメリット
以上の3つです。
教師側のメリット
まず教師側のメリットです。
具体的には、
- 生徒ごとにきめ細やかな指導ができる
- 作業効率の向上
の2点が挙げられます。
言い換えると、おおやけに見える部分と、教師自身が実感する影のメリットともいえるでしょう。
生徒ごとにきめ細やかな指導ができる
ICT機器を使ってデータを収集することにより、各生徒の習熟度がとても簡単かつ分かりやすく把握できます。
どの科目が苦手なのか、しかもどの分野でつまずいているのかといったことが宿題やテストで明確になるので、生徒の学力や理解度に応じてきめ細やかな指導が可能になるのです。
ポイントを押さえて指導することで無駄がなくなるだけでなく、早い段階で落ちこぼれそうな生徒を救済できるのも貴重なメリットといえるでしょう。
作業効率の向上
現在、時間外労働や休日出勤など教師にかかる負担は非常に多く、デッドラインを超えた過重労働が深刻な社会問題となっています。
そこで教育DXが進めば、ペーパーレス化によってテストの採点や提出物の確認と整理、さらに授業の準備にかかる時間と労力が大幅に削減できます。
これにより、教師のプライベートが充実、ワークライフバランスが整うことによって仕事においてもより高いパフォーマンスが発揮できるようになるでしょう。
生徒側のメリット
次に生徒側のメリットを見ていきましょう。
具体的には、
- 場所を選ばず学べる
- 視覚的に学べる
以上の2点が考えられます。
学び方に多様性が生まれるので、生徒にとってのメリットもはかり知れないといえるでしょう。
場所を選ばず学べる
生徒一人ひとりが専用のICT機器を自由に使えてオンラインでの学習が可能になると、必ずしも学校に来て授業やテストを受ける必要がなくなります。
感染症の蔓延による学級閉鎖や病気・怪我で登校できないとか、友人関係などに起因する不登校の場合でも、リモートで学ぶことが可能になるのです。
夏休みに旅行先から登校日に参加したり、保護者の長期出張に同伴する場合でも遠隔授業が受けられたりするケースも考えられるでしょう。
視覚的に学べる
デジタルの教科書や補助教材が使えるようになると、画面を拡大したり動画を幅広く活用したりすることができます。
英語ならネイティブの発音や話し振りを目と耳で確認することができます。
家庭科や美術でも、裁縫や料理、彫刻といった分野でさまざまな技法やコツを視覚的に学ぶことも可能になるでしょう。
教師にも得意不得意があり、すべてにおいて完璧な実技で指導できるわけではないため、生徒にとっては大きな味方になるのです。
保護者側のメリット
最後に、保護者側のメリットです。
- 子供の習熟度が把握できる
- 教師とのコミュニケーションの円滑化
以上の2点が考えられます。
保護者にとっては、教育DXによって肉体よりも精神的に安心感が増すと考えられます。
子供の習熟度が把握できる
教育DXにより、保護者も子供の学習状況を詳しく把握することができるようになります。
学校からテスト結果などの細かなデータを送ってもらうことで、子供の習熟度がよくわかります。
科目やジャンル別ごとの理解度がわかれば、家庭での学習対策に大きく活用できるでしょう。
もしオンラインで授業風景が視聴できるようになると、学校での様子がわかります。
授業参観日に都合が悪くても、遠隔で出席することができれば安心でしょう。
教師とのコミュニケーションの円滑化
教育DXが進むと、教師と保護者との関係がより密接になると期待できます。
例えば、ペーパーレス化によって学校だよりや保護者宛の連絡事項が直接受け取れるようになります。従来のように子供を介してだと紛失や破損リスクがありました。アンケートなどに手書きで答える場合も同様です。
直接連絡する必要がある場合でも、電話ではなく画面上で顔を見て話せるとより話が伝わりやすかったり理解しやすかったりするので安心でしょう。
|教育DXの推進事例
教育DXがどのような形で推進されているのかを見ていきましょう。
教育DXは、いざ実行するとなるとどうして良いのか戸惑うケースが少なくありません。
そこを後押しする様々な方法があるので、参考にしてください。
Google for Education
Googleが開発した「Google for Education」を活用すると、デジタルを活用した教育環境が整います。
具体的には、以下のようなことが無料でできるようになります。
- 学校や教師と全生徒とのメール環境の構築
- 宿題やテストの作成、解答、採点が可能
- ビデオ通話ができる
- 自作のテキストや動画、イラスト等を教師や生徒間で共有し、プレゼンや学習材料にできる
- 行事や会議などのカレンダーが作成・共有できる
Classi
生徒の学習をあらゆるデジタル機能を使ってサポートするシステムです。
弱点を絞り、それを克服するための問題をAIがレコメンドしたり、自分の苦手分野が一目で確認できたりするので、目標が立てやすいです。
ベネッセコーポレーションとの連携により、進研ゼミの模試に合わせた単元ごとの対策が可能。習熟度をデータで確認できます。
生徒と教師、生徒同士のコミュニケーションツールもあるので、学習以外の交流にも活用できます。
CBT試験
CBTとは、出題、解答、採点、結果通知という試験の全プロセスをコンピューター上で完結する試験方式のことです。
受験生が指定された会場に出向き、1人ずつにあてがわれる専用のパソコンを使って選択肢から解答を選んだり、入力したりするのが一般的です。
主催者は、問題を印刷したり、試験結果を郵送したりする必要がないため時間とコストが節約できます。受験生も、手書きや結果を確認に行く手間が省けるメリットがあります。
atama+
小学生から大学受験生までを対象としたAIを用いた学習システムで、既に3,400を超える塾で導入されています。
一人ずつのつまずきのポイントを人の分析力では真似のできない精度でAIが検知、本人にもっとも適した独自カリキュラムを作成します。
ある問題が解けないのは、それに関連する様々な基礎知識への理解が不十分なのが原因です。
そこを突き止めて確実な理解を促すことで、学習成果が目に見えてアップすると話題です。
Schoo Swing
学習管理、配信機能、コンテンツ管理を一体で可能にするクラウドシステムです。
- ライブ配信授業をしながらコメントやリアクションを含めた学生との交流
- オンデマンドによる講義配信
- 7,500本の動画を講義に使用したり、学生が視聴したりできる
- テストや課題の出題
- 配信の利用者数や利用時間の確認と個別の行動経路の可視化
- 出席や履修、成績管理
- アンケート実施
といった機能があり、既に多くの大学で導入されています。
|教育DXの現状と課題
教育DXは具体的な内容やメリットを知ると非常に期待できますし、高く評価することもできるかもしれません。
しかし理想通りに進めるには乗り越えなかえればならない課題があります。
最後にその点を解説しましょう。
教職員側のITリテラシー不足
教育DXを問題なく推進するには、現場で直接生徒たちとやり取りする教職員のITリテラシーが大きくものを言います。
ハードウェアは、わずかな不具合が生じただけでも全く使えなくなることが珍しくありません。
ソフトやアプリも操作方法を理解しなければ使いこなせないでしょう。
何らかの問題が生じたときに、どこに原因があるのか究明できなければ授業やテストを中断することにもなりかねません。
ところが、年齢やタイプによってIT関連の知識やスキルはまちまちです。
むしろ全体で見ると、あきらかにITリテラシー不足が目立っている面が否定できません。
よって、その不足分をいかにして克服するかが、喫緊の重要な課題となっているのです。
環境整備の遅れ
1人に1台のICT機器が与えられたとはいえ、生徒たちの自宅にインターネットが利用できる環境が整っていなければ理想のオペレーションは成立しません。
そのためには、各家庭に自費で環境を整備するように求める必要があるため、どうしても時間がかかります。
またセキュリティ対策も非常に重要です。サイバー攻撃に遭えば、生徒や保護者、教員などの個人情報が漏洩する恐れがあります。
それを回避するためのルール作りや、機器の操作方法、またICT機器を紛失したり破損したりしない管理方法について徹底する必要があるでしょう。
しかし、必ずしも完璧な方法があるわけではないので、実際に問題が生じるたびにどう対処できるかが問われます。
|まとめ
教育DXが推進されれば、生徒、教員、保護者それぞれにとって多大なメリットが得られるでしょう。
生徒は場所にとらわれずに学べ、教員も作業効率が格段に向上し、保護者は子供の学習状況が細かく把握できるので安心です。
ただしそれには、環境を整備したり、教員のITリテラシーを向上させたりといった課題を確実に解決する必要があります。
それらがうまくいけば、学習とともにIT人材育成にも大きな成果が期待できるでしょう。